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令和 2 年度(2020 年度)事例 Ⅰ 解答解説
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第 1 問(配点 40 点)
設問文
以下は、老舗蔵元 A 社を買収する段階で、企業グループを経営する地元の有力実業家である A 社長の祖父に関する設問である。各設問に答えよ。
設問文(設問 1)
A 社の経営権を獲得する際に、A 社長の祖父は、どのような経営ビジョンを描いていたと考えられるか。100 字以内で答えよ。
回答例(98 字)
200年の伝統を持つ酒造ブランドを再生し、既存の旅館・飲食の経営資源と組み合わせ、酒造・飲食・物販を楽しめる観光事業を築く構想。伝統文化に関心のある訪日客を呼び込み、蔵元と地域経済の活性化を図る。
解説
この問題の着眼点
問われているのは、買収時に祖父が描いた将来の事業像です。買収後に行った改装を並べるだけでなく、老舗蔵元の価値と既存の旅館・飲食事業を組み合わせ、誰に何を提供し、地域へどう貢献する構想だったかを100字で示します。
「なぜこの蔵元を買う意味があったのか」を入り口に、 老舗の価値を、観光客が訪れる理由へ変える という構想を考えます。旧経営者が守りたかった屋号や雇用は設問2へつながる事情であり、ここでは買い手である祖父が実現したかった事業の姿に注目します。
与件文から買収の先にある構想を読む
与件文のどこを見るか
- 第4段落:祖父は 飲食業を皮切り に事業を始め、旅館を 全国でも有名な高級旅館へと発展 させた経験があります。蔵元を単独で再建する以外にも、観光事業と結びつける基盤があります。
- 第5段落:日本の文化や伝統に憧れる来訪者 にとって、200 年の年月に裏打ちされた老舗ブランド が魅力的で、地域の活性化につながっていく という確信が買収を後押ししました。誰に、どの資源を活かし、何を実現するかが読み取れる中心的な根拠です。
- 第7段落:土産物店に改装 し、地元の高級食材を提供するレストラン を設けています。買収後の展開から、酒を買うだけでなく食事や買い物を楽しむ事業像を確かめられます。
老舗の価値を観光体験へ広げる
酒の需要が縮む中でも、歴史や文化には別の価値がある
第3段落では、 日本酒の国内消費量が大幅に減少 し、酒造事業の売上が落ちています。しかし、第5段落では、 200 年の年月に裏打ちされた老舗ブランド が来訪者にとって魅力になると説明されています。同じ会社でも、酒の販売だけを見るのか、観光客が訪れる場所として見るのかによって、活かせる価値が変わります。
200年の歴史は、建物を改装すればすぐに作れるものではありません。その積み重ねが文化や伝統を感じる理由になる点を、老舗ブランドという無形資産 とまとめます。古い建物があるという事実だけでなく、それを誰が魅力と感じるかまで結ぶことが大切です。
既存の旅館・飲食事業と、蔵元を結びつける
祖父が得ようとしたのは、酒造設備だけではありません。歴史や文化を感じられるブランドを、旅館・飲食の経験と結びつけることで、観光客が訪れる理由を増やす狙いが読み取れます。酒造、食事、土産物を組み合わせれば、蔵元を拠点とする複合的な観光事業になります。
祖父は飲食業から事業を始め、旅館を買収して発展させた経験を持っています。新しく何もかもを一から用意するのではなく、既に持つ観光客との接点や飲食・宿泊の経営経験を、蔵元の再生へ活かせる立場です。例えば旅館を利用する客に蔵元へ足を運んでもらうように、事業間で顧客をつなぐ方向が考えられます。
後の第10段落にある 旅館などグループ企業からの営業支援 も、既存事業との相乗効果を裏づけています。答案ではこの実績をそのまま列挙せず、買収時に描いた 既存事業と蔵元を結びつける構想 としてまとめます。
蔵元だけでなく、地域に人と消費が集まる姿を描く
インバウンドの需要獲得に加え、地域の食材や人材、周辺事業にも価値を広げる構想です。買収を後押しした確信と、その後に整えた施設をつなぐと、 蔵元を核として地域に人と消費を呼び込む 方向が見えてきます。
観光客が酒を買い、食事や買い物も楽しめれば、蔵元に来る目的が広がります。地元食材を使うレストランや周辺の旅館と結びつくことは、A社の売上だけでなく地域に消費や仕事を生む方向にもつながります。与件が明記する「地域の活性化」を、単なる立派な結び文句にせず、観光事業の構想と結びつけます。
このように、目指したのは酒造事業を元に戻すことだけではなく、歴史ある蔵元を核に観光客へ複数の価値を提供する姿です。日本酒バーの開店時期や施設の階数などは、その姿を具体化した後の手段であり、ビジョンの説明では大きなまとまりへ束ねます。
経営ビジョンを100字で答案化する
答案の骨格は、次の論点を設問の順に整理することです。
骨格は「伝統ある酒造ブランドの再生→旅館・飲食との組合せによる観光事業→訪日客の獲得と地域活性化」です。「老舗ブランド」という保有資源だけで終えず、それを受け継いで再生する姿を示します。伝統文化に関心を持つ来訪者が酒造・飲食・物販を楽しむ事業像へつなげます。
公的資料から持ち帰る知識と類題
2025年版小規模企業白書は、地域の特産物、歴史・文化、観光資源を認識し、国内外の顧客へ魅力的なコンテンツ、体験、製品として提供・発信することを地域資源活用の方向として示しています。
| 公的資料の判断軸 | 2020年度の与件への当てはめ | 答案上の注意 |
|---|---|---|
| 地域固有の資源を特定する | 200年の老舗ブランド、酒造、温泉地、日本文化・伝統 | 「有名な酒蔵にする」だけで終えない |
| 製品と体験を組み合わせる | 酒に旅館、食、土産物、酒蔵体験を組み合わせる | 無関係な多角化でなく関連多角化と捉える |
| 国内外の顧客と地域価値へつなぐ | インバウンドを取り込み、相互送客と地域活性化を図る | 買収の手続でなく将来の経営ビジョンを書く |
類題は、2010年度事例I第2問(設問1) の友好的買収の目的・効果と、2021年度事例I第3問 の事業ドメイン拡大です。共通点は、引き継ぐ経営資源と既存事業をどう組み合わせ、どの顧客価値とシナジーを生むかを具体化することです。
出典:中小企業庁「2025年版小規模企業白書 第2部第1章第2節」(地域資源を活用した製品・体験と地域の持続的発展)
この公的資料と類題は理解を補助するものであり、当該年度の公式解答や採点基準ではありません。答案では2020年度の与件事実を主根拠にします。
設問文
A 社長の祖父が A 社の買収に当たって、前の経営者と経営顧問契約を結んだり、ベテラン従業員を引き受けたりした理由は何か。100 字以内で答えよ。
回答例(97 字)
前経営者や杜氏・蔵人の酒造技術、取引関係と老舗の信用を継承して事業を続け、未経験の孫が指導を受けて経営を学ぶため。従来の雇用条件を守って旧経営者の懸念を解消し、従業員の離反を防ぎ協力を得るため。
解説
この問題の着眼点
問われているのは、旧経営者とベテラン従業員を引き継いだ理由です。買収に必要な知識・関係を残すことと、雇用への懸念を解消して友好的に承継することを100字で説明します。人件費の問題ではなく、人に蓄積された事業の価値に注目します。
設問1の観光事業という構想も、蔵元としての中身が失われれば実現しにくくなります。本問では、その中身を支える人をどう残したかに視点を移します。「知識・関係の承継」と「雇用への懸念解消」に約50字ずつの置き場所を確保すると、一方だけに偏らずまとめやすくなります。
与件文から引き継ぐ人の価値を読む
与件文のどこを見るか
- 第3段落:旧当主は 屋号を絶やすことへの無念さ と 従業員に対する雇用責任 から廃業をためらっていました。事業と雇用を守ることが、承継を受け入れるうえで重要です。
- 第4段落:経営顧問契約 を結び、ベテランを 従来どおりの条件で引き継いだ とあります。事業継続の知恵を得るとともに、従業員が安心して残れる条件を整えています。
- 第6段落:社長は 経営顧問と杜氏、ベテランの蔵人たちから学んだ とあります。人を残したことが、実際の技能継承につながっています。
人に蓄積された知識と信頼を承継する
建物や屋号を取得しても、仕事の進め方までは移らない
蔵元の価値は、建物や屋号を取得するだけでは再現できません。酒造りの勘所、事務処理、顧客や取引先との関係を知る人が残ることで、経営交代の中でも仕事を続けやすくなります。買い手側に酒造経験が乏しいことも、教える人を確保する意味を大きくします。
例えば、酒造りの判断や取引先との商売の進め方は、設備の所有者が変わっただけで新経営者に分かるものではありません。経営顧問として前の経営者へ相談でき、ベテランが従来の仕事を続けられれば、事業を止めずに学ぶ機会を確保できます。これが 人に蓄積された無形資産の承継 です。
第8段落でベテラン事務員が 複雑な事務作業や取引先との商売を誰よりも掌握 していたことも、知識が人に蓄積されている具体例です。酒造技能だけでなく、 日々の事業を動かす知識や関係 まで引き継ぐ必要があります。
前の経営者の懸念に、雇用条件の維持で応える
第3段落の 「とはいえ」 は、廃業を考えながらも、屋号と従業員への責任から決断できない事情を示しています。売上が落ちたから手放したい、という一面だけで読むと、買収時に人を引き受けた意味を見落とします。
雇用を引き継ぐことは旧経営者の懸念を和らげ、従業員の離反も抑える方向に働きます。友好的に引き継ぐことと、事業の能力を守ることがつながっていると説明します。
従来どおりの条件 を維持すれば、働く人も生活や処遇の急変を心配せずに残りやすくなります。 雇用への不安を抑えることが、知識や技能の流出防止につながる と考えると、人への配慮と事業継続が一つの理由としてつながります。
残した人から、次の経営者が学べるようにする
第6段落では、A社長が経営顧問・杜氏・ベテラン蔵人から酒造りを学んでいます。旧経営者や従業員を形式上残しただけでなく、後継者が仕事を覚える土台になったことが分かります。祖父から学ぶ経営実務と、蔵元の人々から学ぶ酒造りは、教える内容が異なります。
酒造りの承継には、蔵人の雇用と、社員ではない杜氏との関係の両方が関わります。 従業員を引き継ぎ、専門家にも学べる関係を保つ ことで、後継者が蔵元の仕事を身につけられると捉えます。
人を引き継いだ理由を100字で答案化する
答案の骨格は、次の論点を設問の順に整理することです。
顧問契約と雇用の承継には、技能・取引関係・信用を守る役割に加え、酒造未経験の孫が経験者から学ぶ役割があります。100字では「何を失わず引き継ぐか」「誰が誰から学ぶか」「雇用不安をどう抑えるか」を残し、事業継続と円滑な経営承継につなげます。
公的資料から持ち帰る知識と類題
独立行政法人中小企業基盤整備機構のJ-Net21にある経営ハンドブック「事業承継のための準備」と経営ハンドブック「事業承継の一般的な手続きと内容」は、人・モノ・カネ・情報・知的資産を棚卸しし、見えざる経営資源を承継する準備と現状分析、後継者育成、段階的な承継、属人業務の標準化、PMIを含む事業承継の手続きについて解説しています。本問では、「承継すべき無形資産を特定する」と「キーパーソンから知識を移転する」を2020年度の与件事実と設問要求へ当てはめます。
| 公的資料の判断軸 | 2020年度の与件への当てはめ | 答案上の注意 |
|---|---|---|
| 承継すべき無形資産を特定する | 屋号、取引関係、経営知識、醸造技能、品質の勘所 | 設備や財務だけを買収目的にしない |
| キーパーソンから知識を移転する | 前経営者を顧問にし、杜氏・ベテラン蔵人を継続雇用する | 顧問と従業員の役割を分けて書く |
| 雇用不安を抑え協力を得る | 従来条件を維持し、旧経営者の雇用責任にも応える | 温情だけでなくPMIと事業継続へつなぐ |
類題は、2010年度事例I第2問(設問2) の友好的買収で従業員を継続雇用する利点・欠点と、2009年度事例I第4問 の買収先ベテランを責任者へ配置する効果です。共通点は、人材を人数でなく、技能・信頼・関係知を保持する経営資源として評価することです。
出典:独立行政法人中小企業基盤整備機構 J-Net21経営ハンドブック「事業承継のための準備」(人・モノ・カネ・情報・知的資産を棚卸しし、見えざる経営資源を承継する準備) / 独立行政法人中小企業基盤整備機構 J-Net21経営ハンドブック「事業承継の一般的な手続きと内容」(現状分析、後継者育成、段階的な承継、属人業務の標準化、PMIを含む事業承継の手続き)
この公的資料と類題は理解を補助するものであり、当該年度の公式解答や採点基準ではありません。答案では2020年度の与件事実を主根拠にします。
第 2 問(配点 20 点)
設問文
A 社では、情報システム化を進めた若い女性社員を評価し責任者とした。ベテラン事務員の仕事を引き継いだ女性社員は、どのような手順を踏んで情報システム化を進めたと考えられるか。100 字以内で答えよ。
回答例(96 字)
ベテランから業務手順や暗黙知を習得し、情報と業務フローを整理・標準化した。その手順をシステムへ移し、従来の記録と照合・試行して修正し、担当者への説明と教育で定着させ、効率化と情報共有を図った。
解説
この問題の着眼点
問われているのは、情報システム化を進めた手順です。システム導入の効果だけを答えず、ベテランから仕事を学び、整理し、他の人も扱える形へ変える順序を100字で示します。
「情報システム」という言葉から、ソフトウェアの選定や機器購入だけを考える問題ではありません。与件では、その前に約2年間一緒に働き、知識と経験を受け継いでいます。何を学んでから何を整えたのかを順番に読むと、人の中にある知識を組織の仕組みへ変える問題だと分かります。
与件文から情報システム化の前段を読む
与件文のどこを見るか
- 第8段落:ベテラン事務員は 複雑な事務作業や取引先との商売を誰よりも掌握 していました。手続きだけでなく、経験に基づく判断が一人に蓄積されていると考えられます。
- 第11段落:後任は 2 年ほど共に働いて知識や経験を受け継いだ うえで、それを整理して情報システム化 を進めました。先にシステムを導入したのではなく、共同作業と整理が先です。
学んだ仕事を、誰もが使える手順へ変える
第11段落の 「また」 以降は、営業の改革に続いて事務部門での人材活用を説明しています。女性社員が知識を受け継ぐだけでなく、整理して共有可能にした点に注目します。
まず一緒に働き、書類や数字だけでは分からない判断の理由、処理の順番、例外への対応を学びます。次に、それらを言葉や業務フローとして整理し、共通の手順にします。この整理があって初めて、何を記録し、どの処理をシステムに任せるかを決められます。
共に働き、処理だけでなく判断の理由を学ぶ
ベテランが仕事を掌握していると、本人は自然に判断できても、他の人には何を見て決めたのか分からないことがあります。手元の帳票を写すだけでは、取引先ごとの対応や例外処理の理由まで受け継げないかもしれません。そこで、実際の業務を一緒に行い、分からない点を聞きながら知識を身につける順序が考えられます。
こうした経験の中にあり、まだ十分に言葉や手順へ整理されていない知識を 暗黙知 といいます。第11段落の 2 年ほど共に働いて知識や経験を受け継いだ という行動を、 共同作業を通じた暗黙知の習得 とまとめます。実際の場面で判断の理由まで学ぶことが、帳票を引き継ぐだけでは得られない知識の承継につながります。
学んだ内容を整理し、共通して使える形にする
知識を後任一人が覚えただけでは、今度はその人が不在のときに仕事が止まりかねません。次に必要なのは、仕事の流れや判断の基準を、他の担当者にも伝えられる形にすることです。これを 属人化の解消と業務の標準化 と捉えます。
例えば、どの情報を受け取り、何を確認し、誰に引き継ぐかを業務フローに整理すれば、処理の重複や分かりにくい部分を点検できます。第11段落の それを整理して情報システム化 という記述から、 学んだ知識を、他の人にも使える形式知へ変える 手順を考えます。
仕事が複雑だから、そのまま全部をシステムへ移すのではありません。何を共通の処理とし、どの判断には人の確認を残すかを明らかにすることで、システムに担わせる範囲を決めやすくなります。
整理した手順をシステムへ載せ、使い続けられるようにする
その後、標準化した流れを情報システムへ載せ、実務で使えるように定着させる手順が考えられます。 個人が覚えた知識を、組織で再利用できる仕組みにする ところまで進めることで、担当者が代わっても業務を続けやすくなります。
導入後も、担当者が同じ手順で扱えなければ知識共有の効果は限られます。利用方法の共有や実務での確認を通じて、整理した情報を必要な人が使える状態へつなぐことが「定着」の意味です。システムを買った時点を完成とせず、日々の仕事に組み込むところまで手順を考えます。
この手順を通じて、 ベテランの知恵を残しながら、特定の人への依存を減らす ことができます。第1問設問2で残した人的資産を、後任一人の中にとどめず、組織で共有できる資産へ変える取り組みです。
情報システム化の手順を100字で答案化する
答案の骨格は、次の論点を設問の順に整理することです。
骨格は「暗黙知の習得→情報と業務手順の整理・標準化→システム化→試行・照合・教育による定着」です。システムを入れるだけで業務が移るわけではないため、従来の記録と照合して誤りを直し、使う人へ説明する手順まで考えます。これは問われた手順についての推論であり、与件に具体的な導入工程が全て記載されていると扱わないようにします。
公的資料から持ち帰る知識と類題
独立行政法人中小企業基盤整備機構のJ-Net21にある経営ハンドブック「事業承継の一般的な手続きと内容」は、現状分析、後継者育成、段階的な承継、属人業務の標準化、PMIを含む事業承継の手続きについて解説しています。本問では、「属人化した知識を特定・継承する」と「業務と判断基準を見える化・標準化する」を2020年度の与件事実と設問要求へ当てはめます。
| 公的資料の判断軸 | 2020年度の与件への当てはめ | 答案上の注意 |
|---|---|---|
| 属人化した知識を特定・継承する | ベテラン事務員と2年間働き、複雑な事務・商取引の暗黙知を得る | いきなりIT導入から書かない |
| 業務と判断基準を見える化・標準化する | 知識・経験を業務フロー、手順、例外処理として整理する | 整理とシステム化を同じ工程にしない |
| 標準化後に共有可能な仕組みへ落とす | 要件化、試行、前任者確認を経て情報システム化する | 導入後の利用・更新まで意識する |
類題は、2013年度事例I第4問 の顧客データが新商品開発へ結び付かない理由と、2021年度事例I第5問 の事業承継後に組織能力を残す長期課題です。共通点は、情報や経験を保有するだけでなく、整理・共有・活用の仕組みに変えて初めて組織知になることです。
出典:独立行政法人中小企業基盤整備機構 J-Net21経営ハンドブック「事業承継の一般的な手続きと内容」(現状分析、後継者育成、段階的な承継、属人業務の標準化、PMIを含む事業承継の手続き)
この公的資料と類題は理解を補助するものであり、当該年度の公式解答や採点基準ではありません。答案では2020年度の与件事実を主根拠にします。
第 3 問(配点 20 点)
設問文
現在、A 社長の右腕である執行役員は、従来のルートセールスに加えて直販方式を取り入れ売上伸長に貢献してきた。その時、部下の営業担当者に対して、どのような能力を伸ばすことを求めたか。100 字以内で答えよ。
回答例(99 字)
市場・顧客ニーズを調べ、A社の歴史や酒の魅力を伝える企画・提案力と、新規顧客・販路を自ら開拓する力を求めた。さらに直販で得た顧客の声を杜氏・蔵人へ伝え、商品や売り方の改善に反映する社内調整力である。
解説
この問題の着眼点
問われているのは、直販方式への展開に際して営業担当者に求めた能力です。販売チャネルの名前ではなく、顧客を理解し、価値を伝え、新たな取引を作るために何ができるようになる必要があるかを100字で答えます。
設問には「従来のルートセールスに加えて」とあります。これまでの取引先との関係を全て捨てるのではなく、その力を維持しながら新しい営業に必要な力を加える読み方です。また、対象は執行役員本人の実績ではなく、部下に伸ばすことを求めた能力である点も押さえます。
与件文から営業の役割の変化を読む
与件文のどこを見るか
- 第11段落:執行役員は ルートセールスを中心とした古い営業のやり方 を見直し、直販方式の導入 で売上を伸ばしました。また 杜氏や蔵人と新規事業との橋渡し役 でもあり、商品の価値を別の事業や顧客へつなぐ役割を持っています。
- 第5段落:日本の文化や伝統に憧れる来訪者 にとって 老舗ブランド が魅力です。品質だけでなく、歴史や文化も伝えるべき価値になります。
- 第7段落:造りたての日本酒を堪能できる日本酒バー も開いています。直接顧客と接する場では、反応を確かめながら魅力を伝えることが重要です。
顧客を知り、価値を提案し、自ら開拓する
第7段落の 「さらに」 は、レストランや土産物店に日本酒バーも加わったことを示します。直接反応を聞ける接点が増えたことと、顧客を知る営業能力を結びつけます。
既存の取引先を訪問して関係を維持する能力は引き続き必要です。それに加え、直販では最終顧客が何を求め、何に価値を感じるかを把握する力が求められます。
買う人の用途や関心を把握する
決まった取引先への対応だけでなく、直接接した顧客の反応から、どのような酒や体験が求められているかを考えます。例えば、自分で味わいたい人と贈り物を探す人では、知りたいことや選ぶ理由が異なります。こうした違いを聞き取り、整理して捉える力が 市場や顧客ニーズの分析力 です。
集めた情報から「この顧客は何を重視して選ぶのか」を考えることで、次の提案が変わります。 顧客情報を、購入の理由や提案の手掛かりへ変える ところまで含めて分析力と捉えます。
酒の特徴を、顧客が欲しいと思える価値へ変える
蔵元の歴史や製法、味わいを顧客に合う言葉で伝え、まだ明確でない要望も引き出して提案する力が必要です。顧客の関心と自社の魅力を組み合わせ、購入や体験につながる内容を組み立てることが、 企画・提案力 に当たります。
老舗の歴史や造り手のこだわりは、専門知識のまま話すだけで相手に伝わるとは限りません。文化や伝統に関心のある来訪者へ、その背景を分かりやすく説明し、飲み方や楽しみ方と結ぶことで、選ぶ理由になります。ここでは 商品を説明する力から、価値を提案する力へ 広げて考えます。
顧客自身も要望をうまく言葉にできない場合には、会話を通じて用途や好みを引き出します。説明したい商品情報を一方的に伝えるのではなく、相手が選びやすくなる提案へ整えることが重要です。
新しい相手に働きかけ、関係を作る
既存の訪問先へ対応するだけでは、新しい顧客層や販路との接点は増えません。市場や顧客について得た情報を使い、接点を作り、提案し、関係を築く行動力が必要です。「行動力」とだけ書かず、「新たな販路や顧客を開拓する」と対象を添えます。
第11段落の 杜氏や蔵人と新規事業との橋渡し役 という記述も、作る側の知識を売る側へ伝える重要性を示します。営業担当者には、 社内の専門知識を提案へ活かし、新しい顧客との関係を作る 力が求められると考えられます。
分析、企画・提案、開拓はばらばらの能力ではありません。顧客を理解し、その人に合う価値を提案し、新しい取引へつなぐ という営業の流れに沿って整理すると、能力を選ぶ理由が分かります。
営業担当者に求める能力を100字で答案化する
答案の骨格は、次の論点を設問の順に整理することです。
直販では、商品の魅力を顧客へ伝えるだけでなく、購買理由や要望を直接把握できます。その声を杜氏・蔵人へ伝え、商品や売り方の改善へつなぐ調整能力も考えます。100字では、分析・提案・新規開拓に、顧客情報を社内へ橋渡しする働きを加え、能力名と対象を対応させます。
公的資料から持ち帰る知識と類題
独立行政法人中小企業基盤整備機構のJ-Net21にある「営業スキル向上のポイント」は、質問・傾聴で潜在ニーズを捉え、顧客便益へ変換して提案する営業の要点について解説しています。本問では、「質問・傾聴で潜在ニーズを把握する」と「製品特徴を顧客便益へ変換して提案する」を2020年度の与件事実と設問要求へ当てはめます。
| 公的資料の判断軸 | 2020年度の与件への当てはめ | 答案上の注意 |
|---|---|---|
| 質問・傾聴で潜在ニーズを把握する | 直販で最終顧客の用途、嗜好、不満、購買場面を聞く | 訪問件数や話術だけにしない |
| 製品特徴を顧客便益へ変換して提案する | 老舗の歴史、品質、味、地域体験を顧客価値として説明する | 商品知識の暗記で終えない |
| 顧客情報を提案・製品改善へ使う | 杜氏・蔵人と新規事業へ声を還流し、新規開拓と関係維持につなぐ | 個人の営業力だけでなく組織共有も書く |
類題は、2011年度事例I第1問(設問1) の家庭向けと医家向けで求められる営業活動の違いと、2019年度事例I第3問 の顧客から用途情報を集めて市場を開く仕組みです。共通点は、売り込む前に顧客課題を把握し、自社の専門知識を相手の便益へ翻訳することです。
出典:独立行政法人中小企業基盤整備機構 J-Net21「営業スキル向上のポイント」(質問・傾聴で潜在ニーズを捉え、顧客便益へ変換して提案する営業の要点)
この公的資料と類題は理解を補助するものであり、当該年度の公式解答や採点基準ではありません。答案では2020年度の与件事実を主根拠にします。
第 4 問(配点 20 点)
設問文
将来、祖父の立ち上げた企業グループの総帥となる A 社長が、グループ全体の人事制度を確立していくためには、どのような点に留意すべきか。中小企業診断士として 100 字以内で助言せよ。
回答例(100 字)
理念に基づく共通の評価軸と、各社の事業・職務に応じた基準を設け、成果や貢献を公平に評価して報酬・育成へ反映する。基準を従業員に説明し、評価者研修と面談で運用のばらつきを抑え、納得を得ることに留意する。
解説
この問題の着眼点
対象はA社単体ではなく、将来の企業グループ全体の人事制度です。共通の公平な評価軸を作ることと、事業ごとの違いに対応することを100字で助言します。すべて同じ制度にそろえることが、公平とは限りません。
現在のA社には能力や貢献を認めて抜擢した実例がある一方、人事管理全体は祖父の経験や勘、年功序列に依存しています。この実例を否定せず、経営者が代わっても、多様な事業へ広がっても、評価の理由を説明できる仕組みにすることが焦点です。
与件文から制度整備の必要性を読む
与件文のどこを見るか
- 第12段落:人事管理は 祖父の経験や勘 に依存し、年功序列型賃金が基本 です。将来に向けて 企業グループ全体のバランス を考えた制度整備が求められています。A社の賃金だけでなく、複数事業で評価の理由を説明できる仕組みが必要です。
- 第11段落:血縁関係がないにもかかわらず 執行役員へ抜擢した人材や、情報システム化を進めたことで抜擢された若い女性社員 がいます。貢献を認める実例を、特定の経営者の判断だけに依存しない制度へ広げる方向です。
- 第9段落:各部門の責任者 と 現場スタッフ では仕事が異なります。事業や役割の違いを無視した一律の評価項目では、納得を得にくくなります。
共通の理念と、役割に合う評価を両立する
高めの賃金と、評価への納得は同じではない
第12段落の 「しかしながら」 は、事業再生や人材活用の成果に対し、人事管理の仕組みは前近代的なままであることを示します。また 「とはいえ」 は、同業他社より賃金がやや高くても、年功序列が基本であるという課題を残します。賃金水準を上げるだけでは、誰のどの貢献を評価するかという問題は解消しません。
これまでの抜擢を支えた経営者の判断を、将来はグループ全体で説明できる仕組みにする必要があります。 賃金の高さだけでなく、評価と処遇の決まり方を整える ことが制度整備の課題です。
共通の価値観を、説明できる評価基準へ落とす
グループとして何を大切にするかを共通の土台にし、能力・役割・成果を説明できる基準で評価します。年齢や血縁だけに依存せず、どのような貢献が評価されるかが分かる制度を目指します。
営業改革による売上伸長や、知識を整理した情報システム化は、仕事への貢献を認めた具体例です。これらが特定の経営者の目利きだけで決まるのではなく、担当する役割と期待される成果に照らして評価されるようにします。評価基準を伝え、判断の理由を説明することが公平性や納得につながります。
経営理念は、その判断の共通の土台になります。 グループとして目指す価値と、社員に期待する貢献を結びつける ことで、事業が違っても評価の基本的な考え方を共有できます。
事業の違いに応じて、成果の捉え方を変える
一方、酒造の品質維持とレストランの接客を、同じ売上数字だけで比べるのは適切ではありません。事業・職務ごとの成果や育成の道筋を設計し、報酬やキャリアにつなげます。成果を評価することは、短期の個人売上だけを見るという意味ではなく、技能継承や協力など必要な貢献も捉えることです。
グループには旅館などもあり、担当業務や働き方は一様ではありません。責任者と現場スタッフでも、期待される役割は違います。「共通の理念・公平な評価」という土台はそろえながら、何を成果と認めるか、どのように成長して次の役割へ進むかは、各社の事業特性に合わせます。
評価や処遇の理由をグループ全体で説明できるようにしたうえで、各事業に合う項目や報酬体系を設計します。 共通にする原則と、違いに合わせる仕組み を分ければ、同じ物差しで無理に比べることなく、公平性と事業への適合を両立できます。
評価だけで終わらせず、成長と処遇へ結ぶ
社員には、どの力を身につけ、どの役割を担えば次の段階へ進めるかが分かることも重要です。事業や職務に応じたキャリアパスを示し、評価を育成や報酬へつなげれば、求められる貢献が働く本人にも見えやすくなります。
例えば、専門技能を深める人と部門を管理する人では、成長の道筋や担う役割が異なります。 事業・職務に合うキャリアパスを示し、貢献を報酬へつなげる ことで、自分の仕事を通じてどう成長し、どう評価されるかが見える制度になります。
人事制度の留意点を100字で答案化する
答案の骨格は、次の論点を設問の順に整理することです。
骨格は「理念に基づく共通軸+各社の事業・職務に合う基準→報酬・育成への反映+説明・研修・面談」です。公平な制度という方針だけで終えず、評価者ごとのばらつきを抑え、本人が評価理由を理解できる運用を示します。年齢だけでなく成果や貢献を評価し、必要な能力の育成へつなげます。
公的資料から持ち帰る知識と類題
独立行政法人中小企業基盤整備機構のJ-Net21にある経営ハンドブック「人事評価制度と賃金制度の改善」は、理念・事業計画・求める人材像と評価を結び、明確・公平・透明な基準と面談・フィードバックで運用する方法について解説しています。本問では、「明確・公正な評価基準を設ける」と「評価の手続と結果への納得感を高める」を2020年度の与件事実と設問要求へ当てはめます。
| 公的資料の判断軸 | 2020年度の与件への当てはめ | 答案上の注意 |
|---|---|---|
| 明確・公正な評価基準を設ける | 年功序列型賃金を役割・能力・成果基準へ見直す | 公平を一律賃金と同一視しない |
| 評価の手続と結果への納得感を高める | 各社へ基準を説明し、面談・フィードバックを行う | 「公平な制度」の一語で終えない |
| 経営戦略・職務特性と評価を結ぶ | 酒造、飲食、土産物、旅館で成果と必要能力が異なる | 共通原則と事業別項目を分ける |
類題は、2012年度事例I第5問 の成果主義型賃金制度と、2015年度事例I第4問 の企業グループで成果主義を導入しない理由です。共通点は、評価制度名を選ぶのでなく、公平性、事業特性、協働への影響を点検することです。
出典:独立行政法人中小企業基盤整備機構 J-Net21経営ハンドブック「人事評価制度と賃金制度の改善」(理念・事業計画・求める人材像と評価を結び、明確・公平・透明な基準と面談・フィードバックで運用する方法)
この公的資料と類題は理解を補助するものであり、当該年度の公式解答や採点基準ではありません。答案では2020年度の与件事実を主根拠にします。

